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無題
 
なんというか 書くことがなさ過ぎてブログ更新の機会が無いのです。作らないし描かないし、やってることと言えば仕事と魔術書読書のローテーション。
だから、オカルトブログの方のネタなら数記事書ける量はあるんですよね  ココに書くような事は無い。
前々から「この絵のこのモチーフ配置とか、考えて描くんですか?」とよく言われたりするのだけど だいたいが考えてない閃きイメージを描いただけのもので
それってつまり潜在的なイメージを掬い上げて写してる作業に過ぎないんですよね。魔術って、そういうイメージが与える象徴(と、その意味)を扱うもののようです。
その象徴たちはこころの反映、不可視の世界の顕れらしいのです。タロットとかセフィロトは そういう類のものを先人が残した絵図で。
今の今までずーーーっと、閃き絵をただただ描き続けてきたけれど この数日間でようやくその絵たちが何なのかが解ったかもしれないのです。
コレ(あふれるイメージ)の所為で頭が破裂しそうになったりイライラしたり時間を食われたり思い通りにならなかったり、まったく 大変な思いをたくさんしましたよ。

昔から夢や空想の世界を記録し続けてきた甲斐もあったかもしれない。やっぱり自分の夢は普通じゃなかった。
呪いの文字にしろ護符にしろタロットにしろ召喚陣にしろ、いずれにしても象徴や記号や文字が持ってる意味を理解位把握して扱え組み立てられないと意味が無い。
だから過去の人たちは研究を重ね、魔術書という記録と知識と知恵の宝箱を残す必要があったんでしょう  情報量がとても多い。
 
「オリキャラが勝手に動く」というのは これらの延長なのかもしれず、(ネット語の)タルパもその一端かもしれないのですよ  みんなはその仕組みに気づいてないだけ。

科学と魔法は表裏一体のコイン状態で、科学あっての魔法 魔法あっての科学であり 過去の魔法が現代の科学でもあるのです。
オカルトとは隠されたものの意、隠されなくなった状態が科学とも言えます。多分 何も知らない人たちはその辺をよくわかってないよね。カルトとオカルトの違いについてもね。

オカルトは神秘思想、カルトは(危険な)盲目的崇拝。オカルト 主に魔術は知識吸収のために調べる必要はあれど 各宗教に直接的な関係は無いです。

「現代は心が貧しい」などというけれど それも強ち過去の人のための言葉なだけでもなく、魔法を忘れた現実主義者が増えたことにも関係があると思うのです。
イメージを感じたり膨らませたり、悪く思い込んだり気分がよくなったり カワイイとかカッコイイと感じ取るそれすらが魔法と呼ばれるものであるのですよ
分かりやすいところでいえばお化粧、奥さまは魔女。浮かぶイメージや心の動きに作用するモノ それこそが「魔法」。

錬金術?それは、ただの紙切れや金属の板に価値を見出し行使する作業の事。行使する前のお金たちは善悪もないただの資源。
その紙切れや金属の板を「お金として」認識したうえで 善にも悪にも変化させるのは人間にしか成せない技です。
すべてのモノに価値なんて最初は存在しておらず、後から価値を与えるのは いつだって人間だけです。価値は、こころが無いと生じないものだからです。
そのガラクタが大人にとってはただのゴミでも、子供にとっては宝物なのです。魔法(不思議なこととか)は、子供の頃によく体感するものだと思います。
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