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無題
私の感覚基準は間違っている。だから他人のモノサシ(感覚)をクレクレした。それも許されなかった。
私の我は間違っている。だから法律に答えを求めた。それも許されなかった。
つまり私は頭がおかしい。自分なりにソレを説明してみたが 周囲には「迷惑(害悪)」としか見做されなかった。
だから、ぼくはこんな人間だよ!てできるだけ全部説明してたんだけど理解されるどころか
イロモノとしてしか見られなかったしさ  自分の中ですら二律背反が其処彼処に点在するのに

ぼくの楽しい話興味ある話はだいたい通じないので、ぼくが向こうに乗っかるしかなくなることが大半。
一次創作(絵)は唯一の強みである
共有してなければ輪にも入れない

共有も同調もサーフィングもへったくれも無いぼくの話なんかどうせ聞かれない採用されない
受け入れられない理解されないから特に意見とか無いです(クラスとか職場とかでの対応)
相手を自分の精神世界内部に存在することを認めてい無い。

思う  「持ってない」ひとは「外部から補う」しかない。方法がわからなければ調べるしかない。
そういうアイテムがあるならそれを使って補助輪にしてでも補わなければならない。
というのと  そもそもそういった考えが間違いだったのかと。感じる時もある。

改めて考えてみたら「自分の頭で考えろ」「自立」の類は相手の首を絞めてやりたくなるタイプの発言軍だった
やらないけどさ それくらいえぐられるやつ  自分で考えて間違いだらけで今があるのにな…
自分で考えろしか言わないんだよ、大人が  だから大人が嫌いだよ
これも前から何度も話してきてるけど「発想の芽のためのキッカケの種」が存在しなければ発芽すらしない
大人はそう言うだけでなんにも教えてくれんかったからぼくは本に縋り付いたわけでだな

「ウケ」を狙うと「私」が死ぬ   「私」を表現してこそ創作を続ける「意味」がある
私が感じたものそれそのものをカタチにしなければ、私がそれをする理由は成り立たない。
多数派に対する「共感」は不要となってゆく。
宝石にばかり集る大多数と、ハラワタに美を感じる私とでは 差がありすぎた。

理解できないものや未知のものなどは恐怖(脅やかすもの)に直結しやすいからなあ。
楽しんでる人からすればそれが当たり前だったり普段通りだったりするから問題なのであってなァ
ぼくはうんこ投げつけられても「おおーそうかーお前にはそれが楽しいんだなハハハ」という対応で居たい

価値観ねえ   命に重いも軽いも無いし無機物にも感情や心や人格は宿るし
即ちこの世の全ては宇宙銀河だし「汚い」はつまり「穢れの概念」だから
「汚い」ものなんて個々の定義によって大きく変わるし(要約そんなものは存在しない) 

ていう   昼間「ザーメンも糞尿も生命の神秘だ汚くなんてねえぞ」って思い立って
泥んこで汚れたら汚いから部屋に上がる前に服脱げとかあるけど、
まあ、汚いけどそれは土なんじゃん?自然の一部なんじゃん?神秘とサイクルの塊なんじゃん?
穢れの概念については女性と血液の話とかよくある

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