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無題
ニグレドかどうかはわかんないけど少し前はやばかったなあ…
自分の内面再構築のため自殺を図った(アルカナ13)のだけど、それがモロに現実に反映したのもまた笑った…。心身が軽くなり過ぎて意識飛びそうになってたしあれは躁転…うん、あれは躁転…。私は普段ダウナー。
ある大きなことに気づいたショックで、今までの私がだめだったんだってなって、 自分の中のルールブックを書き換えるために一度今までの自分を壊した、という感じ。
過去の器に収まりそうになかったので新しく作り直そうと考えた。
そうして、まあ、生まれ変わりたくて一度死んでみたかったわけなのだけど、その中でもどうしても消えずに残ったのが「知りたい(欲しい)」の部分だったのよな。

言葉による呪いって大変強いもので、無自覚なのがひどくおそろしいものでもあって。
私は私で個人的な「呪い」を抱えているわけなのですが、コレが私の人生を形成してきたと言っても過言ではなく…、

今月頭に行った大規模な精神世界での自殺。どうやら今まで私を突き動かしていた部分の、主軸となっていた部分も殺されたようで、心臓たる王も居ないし、だから怒りも呪いもそのきっかけとなった過去の憎悪にまみれたイベントやそれに関連する事柄のことも、もうあまり記憶にないし思いだせなくなっているし。"誰"が"何"であったかもわからないし、当時の自分の記憶や感情や思考ももう混濁しているし。それらのことを今考えようとするとモヤがかかって先に進めないしで。だから数日うちに2回目の精神科行って来ようと思う、前より確実に精神的に混乱しやすくなってるし、弱くなってるし。

私はどのルートからタルパを知ったか忘れてしまったんやがコピーが「2次元嫁を3次元に召喚しよう!」みたいなのだったのは覚えてる… そのあとタルパ作成まとめwikiで凡そを整えた。
なぜかあの世界は十代から二十代が非常に多く、三十代以降は居ない気すらする…もしかしたらそういう人たちは魔術師としてなりを潜めているだけなのかもしれないが。
考えてみれば、非常に危うい世界なのだなと。
賢い人は1人でこっそりやっているが、半数以上の人がわりとあけすけにタルパとのアレソレを公開している気がする。そうすることによるリスクやデメリットなどが、マニュアルに相当するあの辺のサイトにきちんと書かれて居なかった気がする、と遠い記憶から。

魔術師が、キラキラファンタジーではなくて、ただの現実主義者ってのは、 何故そうあらなくてはならないのかっていう説明ができるほどまだ自分の中に理屈知識が蓄えられてるわけではないけれど とにかく一般人が思ってるものよりうんと、つまらんものですよ、魔術師。
私は楽しい世界だと感じるし、彼ら彼女らを尊敬したりもするけどね。 物知りだし、いろんなことできるし、そういう人たち。むしろフワフワ不思議オカルトファンタジーみたいな人は、魔術師たちから厳しくされる傾向にすらあるから…まず魔術師という存在が実在するっていうところからの一般人もいそうなレベル。




aaaaaaa
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無題
ずっと放置されてきたんだよなあ…  というのは  ソレがわかったなら対処すればいいけど
私が感じる報われなさというか救われなさというか、過去の  なに、なんか  どうにもならない遣る瀬無さ
放置されてきたなら原因もわからないはずで、原因がわからないまま喚いてればこのような歪みある姿にもなるわけで。 そうしたら、自覚ないままなんか言われたり人が離れたりするわけで

そいえば病気は個性であって本当は病気なんてものは無えのだよという考え方について、 まあそうだよなともなる。意味はわかる こう、厄とか、鬼とか、悪魔とかそういう観点からの話で。

名付けが支配に繋がるのならそれはラベリング作業と近くあるし、ラベリング作業とカテゴライズが上手い人こそが魔術回路整えられてるということかと思う
人間、我々の出生時に授けられる「名前」にしてもその文字列が意味する概念や響きや、寄せる神様や運気など様々なものが関係してくるんだ。 その時決められた「名前」によって、その後の成長や人生に大小いろいろ関わってくるわけで(言霊)。だから責任重大な儀式なんだよ。
…まあ、ほどよくオカスピな分野になる話なもんで、特に現代人の中でそういうのをよく気にする人は少ないかと思いますけど。後々考えてみるとなかなか怖い結果になってたりするから、早期発見と早期治療です。放って置かれるのが一番地獄を見ます。

言の葉に意は乗るしそれにより与えられた側は肉も不可視も縛られる
祈願といえば聞こえはいいが、音の波を受けた者はそれが記憶されて呪いにも成り得、その後の一生が蝕まれ続ける可能性だってある
ただしそうして「名を与える」という行為によってその存在が確立されるのも確かな話で。フワフワしてて掴み所ない物体に輪郭(器)をあげる、ということ。
それが言い換えるならラベリング作業とカテゴライズの概念に近い。物事を支配するというのはそういうものかと思う。
名を与えるという行為。名を与えて器を与えてラベリング作業とカテゴライズ。 それが「病名」。
だから病気ひいては病名というのは"正体を暴いて手段を確立させるためにある"ものだと考えます。

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無題
身に纏う服の様子というのはその人の品性とやらを周りに知らしめる要素でもある
全裸で人前に出れば捕まるし見窄らしいものを着てれば奇異の目で見られる 最低限のマナーというやつかと思います。できてなければ目の毒というやつになる。
ひとのこころがわかるようになればマナーは自然と身についてくる、それが山羊座土星のスーツ野郎の話なのではないかなと そんな

自分にとって当たり前であることをわざわざ書き残したりしないから不都合が出たりするわけなのでわざわざ書き残せというのが私の主張だ
それによって意思の疎通の不具合や察せ察せない云々とか教えてくれなかったから事故ったみたいなことになりかねないからだ!! 何か起こってからじゃ遅いんだから最初から一から十まで教えといてやるのがオアアアアアア  ていう、日々を送りながら生活している 世は優しくない、つめたい。
失敗して学ぶ…まあそんな言葉や考え方もあるわな、 その失敗した後のフォローがお前にできるならなと思う

科学に忙殺されて心が死んでる人間のオアシスがオカルトスピリチュアルと考えるのが健康的なはずなんだけど。だからオカスピをなにも知らんくせに嫌厭する人どうかなって思うんだけど
オカスピ過剰摂取も病気まっしぐらだからな。

公務員陰陽師、お偉いさんとかのために占いなどで運勢物事の流れを読んで危険を回避したりアドバイスしたりなんだりしていた人たち。だから呪術方面での彼らの姿は創作物の影響が濃くなってくるしオカスピやってるとそれが「夢の世界のお話」であることがわかってくる、
陰陽師の世界は現実はクソ地味なんだらしいけど私はそれでも構わなかった。ロマンぬ 陰陽師たちが使用するお札(霊符の類)を知るにも思想や神様宗教なんかを漁らないといけないし陰陽師の易的思想も結局は中国なので私が死んでるところ
中国というか陰陽師だと密教とかも絡んでくるから中国だけと言わず東アジア全般…………

例えば安倍晴明は鬼が見えてたらしいけどあれもつまり心象、非言語の世界の話になる だから彼らからすればまぎれもない「事実」でしかない。所謂直感が鋭いとか霊感とかああいう話にも食い込む
黒いものや霊や鬼など、その辺は感じない人は本当感じないからな、わしのことだけど。 見えもしない、分かりもしない。 でも、そのような考え方や話なんかが残ってるというのはどういうことか考えて見たらいい、聖書みたいなもん。夢物語も元ネタがあるから作られる。

創作するのでも史実ネタとか文化文明言語やヒト以外の生態系まで掘り下げなきゃならない
伝説伝承や夢物語とか二次元の世界の中だけで物事を判断しようとする人とは相容れないかなとか思うよ…。オカルトやってたはずなのにいつの間にか台所で健康料理作ってるからな、

オカスピを嫌厭し科学に忙殺された現代人だから昔の人より不可視から遠退いた、そう考えてる。


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無題
 一週間が早くて早くてかなわんですわ…まだ三日分くらいしか経ってないような気分
そうそう、地味に創作キャラ紹介のページ増えてますよ。ヤスナの分だけ。他の部分も更新したいんだけどなんせ量がね。いままで溜め込んできた分全部うpしなきゃなので。
太極拳は気功、気功は太極拳 みたいな教えを知った。
気功ってのは魚にとっての水を集中力(念)によって集めたり動かしたりして体に取り入れたり体から排出したりってのが基本なんだそう。そこから重心コントロールや発勁に繋がってくるんだそうだ。この辺はモロ「流体化」だね魚にとっての水、我々人にとっての氣。当たり前すぎて普段全然気にしてないしわざわざ言われないと認知できないものだけど、我々はその中で生活をしている。
気功うまくできないって言ってる人はおそらく雑念がアレしてるんだろうねって話。多分深い深い意識に入り込んでいくことに慣れてればあとはイメージでなんとかなる気がするのだけども。
経絡とか経穴とか難しいから最初は簡素な体内チューブと要所のツボだけおさえときゃいーよ。
パワースポットと太極拳(気功)の関係。
気功をやり続けていくと体内から健康になるってのは、仙人が霞を食べるってあの話に通じる内容のもの。「氣」をうまく取り入れることができてると、食物の摂取量も減るらしい。「氣」とはまさに「生命力(エネルギー)そのもの」のことであるらしいよ。
この辺は調べてはないけど、聞いた話によるとパワースポットというものは所謂龍脈と呼ばれるふっとい生命エネルギーチューブの近くに存在するそうじゃんか。
気功が上手くできてれば体も気持ちも緩んできてポカポカもしてくるので眠くなるはずって話になってました

結局、非言語(森羅万象をイメージで感じ取る能力・共感覚とも。)ができる人は「氣」諸々を感じ取る能力に長けてる人ということになるのであり それは、全身が感じ取るための器官と化している「水」、或いは根元により近い「火」の性質を持っている人であると考えることができる。
水、或いは火の性質を持つ人らは潜在意識、集合的無意識、深層意識などと言った深い場所からモノを拾い上げる技術に長けているのだが、普段それらは彼らの中では常に無意識に行われていることなので、彼らはそれがオカルト的スキルだということにまったく気付かないままでいる。
水の体を持ってる人は他者の調子や思考を読んだりできるし、 火の体を持つ人はかなり直感が働くから超推理がやばいほど的中する。 んで、これら能力はある程度なら後天的トレーニングによって手に入れることも可能ではある。





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無題
  誰でもできる気軽なものとして広く広く伝えられたのが楊式太極拳簡化24式
太極拳とは何たるか、その原点を探っていくなら陳式を知れ と…やっぱそうなるよねえ…。
そして、太極拳というのは「気持ちの良さ」を"感覚で"追究していくものだから個人個人で独自のクセが出て来やすい。「太極拳の美しさはかたちではない。風格(オーラ/中身の精神)だ」だそーだ。
下の記事でも触れてる「こころの在り方(精神性)」の話でもある。
私は太極拳の重心移動(片足立ち)にすら耐えられない程度の筋力なので申し訳程度の筋トレにも着手しているわけだけど"筋トレするための筋肉がない"って言って分かります?知識を得るための知識がないみたいなやつです。人の話を聞くにしてもそれを理解できるだけの頭がなきゃ意味がないって。

何にせよ考え方を学ぶ(知識を取り入れる)と背景(ビジョン的景色)が見えてくるのは楽しいね… 歴史を知る、というのは単に暗記してテストに答えるのではなく、人々がどのようにして生きるため知恵を働かせて来たかっていうあの捉え方が好き…エジプトのナイル川氾濫を予測して農耕などの文化を守るため占いや天文歴が発達した、みたいなああいう話とかの…。
占いっていうのはそういう、キラキラ魔法シャランラじゃなくて、めちゃくちゃ科学的なものだっていうのを主張していきたい…。占いというのは現状どうなってるかをこと細かく調べ上げてデータ化してその後の展開の予測を立てるものだから変な期待を寄せられるのも嫌なんだよ、だから占いは超推理なのよ  知識と直感と知恵。

陰徳あれば陽報あり  陰徳を積むことで予知された運命を覆すこともできるとか言う考え方もあるくらいで。
書は言を尽くさず、言は意を尽くさず然らば聖人の意は、其れ見るべからざるか 聖人、象をたてて以て意を尽くす。易経が伝えたいとしてとったすべってのは、文字と言葉と「卦」という"非言語"だった、ということなのかね。64の記号(象徴)にはこの世界の神羅万象がギュッと詰め込まれてるというし。だから帝王学の書『易経』は精神と科学と知恵のすべてが込められていると。
いうて易経も何年前の古書だよって言う  我々が使用するならそのままだと合うわけないんだから現代ナイズは必要だよ。
目に見えないものだけではいけないし目に見えるものだけでもいけない。智慧を以て「現在(不具合)から過去(原因)に干渉し未来(正しさ)をつくる」
魔術だけでは見えない 科学だけでは計れない それがこの世界だと思うよほんと
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